飯田銀座商店街 小 中 大 飯田銀座商店街
飯田銀座商店街の概要
飯田銀座商店街の歴史
街としての堀端の形成
文禄2年(1593)
京極修理太夫高知が飯田城主に移封され、京都をまねた町並をつくり、大手門(現在の飯田市追手町)を囲んで北150間、南50間(約362m)、幅9間(約27m)の水をたたえた内堀を造成。石垣の土手上は松並木とキコクの生垣になっていました。

明治4年(1871)
廃藩置県(明治2年)により堀は埋め立てられました。
その後、商店が並び劇場、官庁舎も移築され、徐々に街らしくなりました。

広小路
明治30年(1897)
各戸軒燈60個をつけ「広小路」と明示しました。

大正12年(1923)
銀座2丁目(大正初期)ネオンが灯りました。

飯田銀座
昭和5年(1930)
大火前の銀座3丁目広小路から「飯田銀座」と改称。
鈴蘭燈もつけられ、銀座行進曲を公募しました。

昭和20年(1945)
8月15日終戦。

昭和22年(1947)
復興後の銀座4丁目4月20日に発生した「飯田大火」で全店焼失。
都市計画法が実施され、行政区域としても銀座となりました。

昭和27年(1952)
アーケード建設。

昭和31年(1956)
次郎長踊り・平成22年(2010)お練りまつり飯田まつりに商店主28人衆が、清水の次郎長一家に扮装し「次郎長おどり」を披露し、絶賛を浴びました。現在も、飯田お練りまつり等に出演しています。

昭和42年(1967)
堀端百年祭挙行。ご当地ソング「銀座音頭」「銀座行進曲」の詞を公募。
作曲を市川昭介さんにお願いし、振り付けもして、都はるみさんを招いて、唄とおどりを発表。式典も行いました。

昭和53年(1978)
映画「帰らざる日々」映画「帰らざる日々」のロケが飯田銀座で行われました。

平成2年(1990)
第2世代新アーケード(完成1990/撮影2012)第2世代新アーケードを建設しました。

平成18年〜19年(2006〜2007)
飯田市再開発事業により銀座3丁目が一新されました。

平成20年(2008)
グリーンベルト(10時から19時までの時間帯の駐車が1時間無料)路上パーキング(有料)にかわりグリーンベルト制度を導入。10時から19時までの時間帯の駐車が1時間無料となりました。クルマで来られたお客様に好評をいただいています。

これからの銀座
銀座は明治とともに誕生しました。進取の精神のもと、お客様への真のサービスを追い求め、専門店街として努力してまいります。どうぞご期待ください。そして、一層のお引き立てをお願い申し上げます。

昭和7年(1932)
お練りまつり

(現・銀座2丁目)

昭和24年(1949)
えびす講

(現・銀座1丁目)

昭和26年(1951)
長姫神社秋季祭礼

(現・銀座3丁目交差点付近
/主税町を望む)

昭和55年(1980)
お練りまつり
(銀座1丁目)


平成22年(2010)
飯田 丘のまちフェスティバル
(銀座4丁目)


平成24年(2012)
銀座3丁目


飯田銀座音頭
飯田銀座音頭
昭和42年銀座百年祭時に詞を公募し、飯田銀座のご当地ソング「銀座音頭」を製作しました。
コロムビアレコードの全面協力を得て、唄:都はるみ 作曲:市川昭介 作詩:米川柳二 にて完成。現在もお練りまつりでは、この曲に合わせた踊りを披露しています。


ぎん太
イメージキャラクター「ぎん太」について
平成元年(1989年)生まれ。
銀座通りのアーケード完成と共にイメージキャラクターとして公募。
広く消費者に受け入れられる飯田銀座商栄会をイメージして採用され、
21世紀の更なる商栄会発展を目指して作られました。

商店街マップ

※2013年5月10日現在
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